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Full text of "風変りな作品に就いて"

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あなた - つち 

「貴君の 作品の 中で、 愛着 を 持って ゐ らっしゃる もの 

か、 好きな ものはありません か」 と 云 はれる と、 一 寸 

困る。 さう いふ 条件の 小説 を 特別に 選り出す 事 は 出来 

ないし、 又 特別に 取扱はなくて はならない 小説が ある 

とも 思へ ない。 第一、 自分の 小説と いふ もの を考 へた 

たくさん ぎ やうれ つ わたし 

時に、 その 沢山な 小説の 行列の 中から、 特に、 私が 

小説で 御座る と 名乗って 飛び出して 来る もの も 見当ら 

しま せっかく 

ない。 かう 云 ひ 切って 了 ふと、 折角の 御 尋ねに 対する 

お ほげ さ 

御 返事に はなら ないから、 さう 大袈裟な 問題と して 取 

うち ちょっと 

扱 はないで、 僕の 書いた 小説の 中で、 一寸 風 変り な も 

の を 一 一 つ 抜き出して 見る ことにする。 



自分の 小説 は 大部分、 現代 普通に 用 ひられて ゐる言 

まう ナぅ こん 

葉で 書いた ものである。 例外と して、 「奉教 人の 死」 と 

「きりし とほろ 上人 伝」 とが その 中に!^ 入る。 両方と 

ぶんろ くけいち やう あまく さ ながさき や そ 

も、 文 禄慶長 の 頃、 天草 や 長 崎で 出た 日本 耶蘇 会 出版 

の 諸 書の 文体に 倣って 創作した ものである。 

「奉教 人の 死」 の 方 は、 其 宗徒の 手に なった 当時の 口 

語 訳 平家物語に ならった もので あり、 「きりし とほろ 

いそ ぼ なら 

上人 伝」 の 方 は、 伊 曾 保 物語に 倣った ものである。 倣 

うま 

つたと いっても、 原文の やうに 甘く は 書け なかった。 

かんこ そぼく 

あの 簡古 素朴な 気持が 出なかった。 

「奉教 人の 死」 の 方 は、 日本の 聖教 徒の 逸事 を 仕組ん 



し、 僕 は 今後、 ますます 自分の 博学ぶ り を、 或は 才人 

はっき わたくし 

ぶリを 充分に 発揮して、 本格小説、 私 小説、 歴史 小 

くわ リぅ とう ほか 

説、 花柳 小説、 俳句、 詩、 和歌 等、 等と、 その外 知つ 

てる もの を教 へて くれれば、 なんでも かきたい と 思つ 

てゐ る。 

つぼ など 

壺ゃ皿 や 古画 等 を 愛玩して 時間が 余れば、 昔の 文学 

者 や 画家の 評論 も 試みたい し、 盛んに 他の 人と 論戦 も 

やって 見たい と 思って ゐる。 

はる ベ うばう 

斯 くの 如く、 僕の 前途 は遙 かに 渺茫 たる もので あり、 

大いに 将来 有望で ある。 

(大正 十四 年 十二月) 



底本" 「筑摩 全集 類聚 芥川龍之介 全集 第 四 巻」 筑摩書 

一お 

1971 (昭和^) 年 6 月 5 日 初版 第 ー 刷 発行 

1979 (昭和 S) 年 4 月^日 初版 第 U 刷 発行 

入力 : 土屋隆 

校正 " 松 永正敏 

2 oo 7 年 6 月^日 作成 

青空 文庫 作成 ファイル " 

この ファイル は、 インタ ー ネットの 図書館、 青空 文庫 

(http://www.aozora.gr.jrv) で 作られました。 入力、 

校正、 制作に あたった の は、 ボランティアの 皆さんで